top of page

茶芯とは何か【同じ言葉で呼ばれている三つの現象】

9月1日
読了時間: 10分
木の床に置かれた、つま先が擦れた茶色の革製レースアップブーツの接写。使い込まれたヴィンテージ感がある】【。

黒い革を使い込むと、擦れた部分から茶色が現れてくることがある。この現象は茶芯と呼ばれ、革好きの間では独特の価値を持つものとして扱われている。


ただし、この言葉には注意が必要だ。茶芯は皮革の専門用語ではなく、ヴィンテージレザーやブーツを扱う古着店やオークションで使われ始めた業界独自の呼び名で、明確な定義がない。


そのため実際には、機序のまったく異なる三つの現象が、同じ言葉で呼ばれている。


一つは、表面の顔料が削れて下地が出るもの。一つは、表面だけを染めた染料が薄まって下地と混ざるもの。そしてもう一つが、染料そのものが褪せる退色である。前の二つは層の話で、最後の一つは色そのものの話だ。


見た目が似ているというだけで、革の中で起きていることは違う。ここではその違いを整理する。



芯通しとは何か

前提として、芯通しという言葉を押さえておきたい。


裁断した断面、つまりコバの面に、表面と同じ色がついている革のことを芯通し革と呼ぶ。染料が革の中心部まで浸透している状態である。逆に、表面だけが染まっていれば、断面には元の色が残る。


芯通しの染色は、それほど古い技術ではない。クロム鞣しが始まった際に、革の中心部が表面と違って白っぽくなるのを嫌って行われるようになったもので、当初は薄い手袋革や衣料革に限られていた。袋物やブーツのメーカーが、ミシン目や切り口が白く見えることを嫌って要求するようになったのは1970年代半ば頃だとされる。この経緯は、皮革薬品を扱う専門家の証言として、レザークラフトフェニックスが公開している取材記事に詳しい。


つまり芯通しは、機能ではなく見た目の要求から広まった技術である。そして芯まで染めるには、染料を浸透させるための条件を整える必要があり、革の性質そのものにも影響が出る。この話は長くなるので、別の機会に譲る。


ここで重要なのは、革には芯まで染まっているものと、表面だけ染まっているものがあるという点だけだ。



下地が現れる二つの型

茶芯と呼ばれる現象のうち、下地の色が現れるものには、二つの型がある。


一つ目は、顔料による塗装である。茶色に染めた革の表面に、黒の顔料を吹き付けて仕上げてある。顔料は革に染み込む染料と違い、表面を覆う膜として乗っている。だから擦れると膜が削れ、下の茶色が直接現れる。境目は比較的はっきりしていて、色の差が明確に出る。

いわゆるヴィンテージの茶芯として珍重されてきたものは、この方式にあたる。そして現行の革では、ホーウィン社のクロムエクセルの黒が同じ方式で仕上げられている。時代も産地も違うが、機序としては同じものだ。


二つ目は、染料による丘染めである。丘染めとは表面だけを染める方法を指す。染料は革に染み込むため、色は下地とある程度同化している。擦れて色が落ちてくるときも、境目がはっきりしない。ぼんやりと滲むような、グラデーションのかかった変化になる。


どちらも下地が出てくる点は同じだが、起きていることは違う。膜が削れて下地が直接現れるのと、染み込んだ色が薄まって下地と混ざり合っていくのとでは、変化の見え方も、手入れの効き方も変わってくる。



退色は、別の現象

これらとまったく別の系統にあるのが、退色である。


退色は、染料そのものが褪せて色が浅くなる現象だ。層が削れているわけでも、膜が減っているわけでもない。色が一つしかない革でも起きる。紫外線や乾燥が主な原因になる。

つまり、下地が現れる二つは層の話であり、退色は色そのものの話である。原因が違うので、対処も違う。


にもかかわらず、両者は区別なく茶芯と呼ばれている。実際、茶芯を解説する記事の中で、その経年変化を色剥げや褪色の一種と説明しているものもある。層の露出と褪色が、同じ説明の中で溶け合っている状態だ。



灰芯という言葉の混乱

この混同は、関連する言葉にも波及している。


灰芯という呼び名がある。これについて、芯まで染めた黒い革が擦れや日焼けで退色すると黒に近い灰色にしかならない、それが灰芯だ、という説明を見かけることがある。


しかしこれは正確ではない。灰芯とは、クロム鞣しの工程で革が経るウェットブルーと呼ばれる青灰色の状態が芯に残っており、それが表面から見えている状態を指す。つまり茶芯とまったく同じ機序で、下地の色が茶ではなく青灰色だというだけの違いである。


茶芯と灰芯は対義語ではない。同じ現象の、下地違いだ。後で触れるが、同じ年代の同じ製品でも、下から茶色が出るものと青灰色が出るものが混ざっている。


ここでも、層の露出が褪色の結果として説明されてしまっている。定義のない言葉が広まっていくとき、説明がどう崩れていくかがよく分かる例だと思う。


ただ、灰芯そのものについて言えば、茶芯より低く見られがちなのは少し惜しい。茶色が現れる革には、古い道具のようなアンティークの趣がある。それに対して、青灰色が現れる革は、もっと退廃的な方向に落ちていく。色が温かくならず、冷たいまま沈んでいく。アルチザン系のブランドが好んで使う、彩度を抑えた色調に近い表情になる。


これは好みの問題だが、個人的にはこちらの落ち方にも強く惹かれる。黒と無彩色の関係が、時間をかけて現れてくるということでもある。黒に銀色を合わせる組み合わせが定番であり続けている理由と、どこかで通じている気がする。


同じようなことは、革の外でも起きている。デニムの経年変化を指すヒゲ、ハチノス、縦落ちといった言葉も、もとは業界や雑誌の中で使われ始めた呼び名だ。現象そのものは実在するが、名前がついたことによって、それが探されるもの、価値のあるものとして認識されるようになった側面がある。とくに90年代のように雑誌の影響力が強かった時代には、こうした言葉が短期間で広く浸透した。この話は別の機会に譲るが、素材の変化を語る言葉には、こうした経緯を持つものが少なくない。



海外では teacore と呼ばれる

この現象は、英語圏でも teacore という語で流通している。ホーウィン社にはブラック・ティーコア・クロムエクセルという製品名があり、専門メディアでも一般的な用語として扱われている。


ただしこれは、英語圏が独自に名付けたものではない。日本語の「茶芯」からの翻訳語だと明記している資料がある。日本の古着市場で生まれた呼び名が、そのまま海外に渡ったことになる。


ここで、ときどき疑問が出る。tea と言われて抹茶や煎茶を思い浮かべると、緑を想像してしまう。ならば brown core と呼ぶほうが正確ではないか、という指摘だ。


しかし、これは当たらない。英語で単に tea と言えば、基本的に紅茶を指す。緑茶は green tea と区別して呼ぶ。そして濃く淹れた紅茶の色は褐色である。実際、海外の作り手も、濃く出した紅茶の色だからそう呼ぶのだと説明している。teacore で正しい。


さらに言えば、日本語の「茶色」も同じ構造をしている。あれは緑茶の色ではなく、茶で染めた布の色、つまり褐色を指す言葉だ。日英どちらの言語でも、茶は褐色を意味している。緑を想像してしまうのは、現代の日本人が茶といえば緑茶を思い浮かべるようになった後の話である。



起源はクロム鞣しだった

teacore を解説する海外の記事の中には、下地がベジタブルタンニン鞣しであることを本物の条件とし、クロム鞣しの革を茶色に染めた下地を偽物として扱っているものがある。

しかし、この基準は起源と食い違っている。


そもそも茶芯という呼び名は、日本のストリートから出てきたものだ。発端はレッドウィングのPT91やPT83といったエンジニアブーツで、これらのブラッククロームの革は、表面の塗装が剥げると下から茶色が出てくる。それが格好いいとされたところから始まっている。

つまり、最初からクロム鞣しである。しかもレッドウィングがファッションブーツとして扱われるようになる以前の、純粋なワークブーツだった時代の話だ。誰かが意匠として設計したものではない。


ではなぜ、茶色に染めた上に黒の顔料を載せるという二度手間の革が存在したのか。工程としては明らかに非効率である。


一説によると、生産調整だと言われている。茶色の革を大量に作り、余った分をウェットブルーの革と一緒に同じラインに流して顔料を吹いた。だから同じ年代のものでも、下から茶色が出てくるものと、青灰色が出てくるものが混ざっている。


この混在という事実が、意図的な仕様ではなかったことを示している。狙って作られたものなら、下地は揃っていたはずだ。


こう考えると、ベジタブルタンニン鞣しを本物の条件とする基準は、あとから設定されたものということになる。ベジタンが良いものとして持ち上げられるようになった後の世代が、その価値観を起源に遡って当てはめている。


名前が価値を持つと、その価値を守るための基準が後から作られる。そしてその基準は、実際の起源とは無関係に設定されうる。ここでも同じことが起きている。



見分ける手がかり

実際に手元の革がどれにあたるかは、現れ方を見ればある程度判断できる。


顔料で塗装された革では、擦れる場所から色がはっきりと変わる。角、縁、折れ曲がる箇所、手が当たる位置。負荷のかかる場所で膜が削れ、下地が直接現れるため、色の差が明確に出る。


染料で丘染めした革も、変化するのは擦れる場所だが、現れ方が違う。染み込んだ色が薄まって下地と混ざるため、境目がぼんやりと滲むように移り変わる。


退色の場合は、擦れていない場所も変わる。日の当たる面が全体に浅くなり、変化が均一に近い。使っていない部分でも進む点が、決定的な違いになる。


そして、断面を見れば芯まで染まっているかどうかは分かる。手元の革がどちらなのかを知る、最も確実な方法である。



速度が設計された茶芯

もう一つ、近年の動きに触れておきたい。


もともと茶芯は偶然の産物だったとされている。かつては革を保管する際に一度茶色に染めていた、あるいは当時の生産事情でたまたまそうなったなど、諸説あるが、いずれにせよ狙って作られたものではなかった。


その偶然が価値として認識されると、今度は意図的に再現されるようになる。そして現在では、再現にとどまらない製品も存在する。芯通しの茶色の革に、紫外線で劣化しやすい塩基性染料をあえて用いて丘染めすることで、一年程度で茶色が現れるように設計されたものだ。


本来なら十年単位でしか現れない変化が、一年で出る。経年変化そのものが、製品仕様として設計されていることになる。


これを良し悪しで判断するつもりはない。ただ、使い込んだ結果として現れた変化と、そう見えるように作られた製品は、見た目が同じでも別のものだとは言える。


作り手として販売してきた実感で言えば、革の変化を価値だと感じている人ほど、この違いを気にする。時間が経ったから変わったのか、変わるように作られていたのか。同じ茶色でも、意味が違ってくるからだろう。


茶芯という言葉が指しているものは、思っているより広い。自分の手元にある革で何が起きているのかを知ることは、変化を楽しむうえでも、手入れを考えるうえでも、無駄にはならないはずだ。



◆【関連する記録】


(クロム鞣しの工程と、ウェットブルーと呼ばれる状態について)


(使った時間が見た目になるという、革の性質について)


(黒と無彩色の組み合わせが、なぜ成立するのかについて)



StrangeArtifactでは、こうした歴史や意匠をもとに、革製品をひとつひとつ手作りしています。 商品はこちらからご覧いただけます。




新作や制作の様子は、Instagramでも発信しています。よろしければご覧ください。



ストレンジアーティファクト主宰ツダイサオの近影写真、シルクハットをかぶりメガネをかけている。

著者:ツダイサオ(Tsuda Isao) 革で架空の遺物を再現するレザーアクセサリーブランド「StrangeArtifact」主宰。衣装・空間・3Dと領域を横断して世界観をかたちにするデザイナーであり、一般社団法人 日本スチームパンク協会の理事も務める。h.NAOTOやSheglitとのコラボレーション、各種メディアへの衣装提供など実績多数。





StrangeArtifact|架空の世界から届いた遺物を革に刻んで再現するレザーアクセサリーブランド

© 2026 StrangeArtifact

  • Instagram
bottom of page