型押しとは何か【革に文様を刻む技法】

革製品の表面に、文様や文字が刻まれていることがある。ブランドのロゴ、装飾的な図柄、あるいは細かい模様。
これらは彫刻ではない。彫るという言葉で説明されることが多いが、実際には革を削っていない。押し潰しているだけである。
この違いは、仕上がりにも、耐久性にも、選ぶべき革にも関わってくる。ここでは型押しという技法を、原理の側から整理する。
削らない、押し潰す
彫刻であれば、素材を削り取る。木彫りも石彫も、余分な部分を除去して形を作る。削られた分は失われ、元には戻らない。
型押しは違う。金型や刻印を革に当て、圧力をかけて凹ませる。素材はどこにも失われていない。押された部分の繊維が圧縮され、密度が高くなっているだけである。
だから型押しの断面を見ても、切り口はない。革の厚みは減っているが、それは繊維が詰まったからで、削られたからではない。
この違いは重要だ。素材を削らないということは、削った部分から劣化が始まらないということでもある。表面の保護膜を破らずに文様を入れられる。
なぜ濡らすのか
型押しや刻印を行う際、まず革を湿らせる。この工程がなぜ必要なのかを理解すると、技法全体が見えてくる。
タンニン鞣しの革には、水分を含むと柔らかくなり、乾燥するとその形状のまま硬く固定されるという性質がある。湿らせることで繊維が柔軟になり、圧力による変形を受け入れやすくなる。そして乾燥する過程で、押し込まれた形が保持される。
つまり、型押しは圧力だけで成立しているのではない。水分と乾燥という、二つの状態変化を利用している。押した瞬間に形が決まるのではなく、乾いたときに定まる。
この原理は、実は防具にも使われてきたものだ。ヨーロッパの硬化革も、日本の練革も、水分を含ませた革を成形し、乾燥させて硬さを得ている。革靴が木型に沿って成形されるのも、履き込むうちに足に馴染むのも、すべて同じ性質による。
型押しは、この性質を装飾に転用した技法である。
型押し、刻印、カービング
似た技法がいくつかあり、混同されやすい。区別しておきたい。
型押しは、金型を革に押し当て、圧力で凹ませる方法である。図案通りに正確に再現できるため、ロゴや繊細なデザインに向く。プレス機などで面全体に圧をかける。
刻印は、刻印棒をハンマーで打ち込む方法だ。一つずつ手で打つため、同じ図柄でも一つとして同じにならない。文字や小さな図案を入れる場合に使われる。
カービングは、これらとは根本的に違う。スイベルナイフで革の表面に切り込みを入れ、その周囲を刻印で押し下げることで立体感を作る。切るという工程が入るため、こちらは実際に革を切開している。唐草模様に代表される、彫刻的な表現ができる。
そして、熱を使う方法もある。焼印やホットスタンプは、熱した金型を押し当てる。圧力だけの場合より深く入り、色も変わるが、焦げる危険があるため温度管理が要る。
入る革と、入らない革
すべての革に型押しができるわけではない。
よく入るのは、タンニン鞣しのヌメ革である。水分を含むと柔らかくなり、乾くと形が定着するという性質が最も強く出る。
一方、クロム鞣しの革は向いていない。柔軟性は高いのだが、変形しても元に戻ろうとする力が強いため、押しても形が保持されにくい。
同じタンニン鞣しでも、条件によって差が出る。油分を多く含んでしっとりした革は入りにくく、乾いた質感の革は入りやすい。柔らかいシボ革も入りにくい部類に入る。すでに型押し加工が施されている革に、さらに刻印を打つのも難しい。
つまり、この技法を使う前提で製品を設計するなら、革の選択がその時点で絞られる。型押しは、後から自由に足せる加工ではない。素材の段階で決まっている。
戻るものと、戻らないもの
型押しは使ううちに浅くなる、という話を聞くことがある。ただ、これは条件によって結果がかなり違う。
湿らせたタンニン鞣しの革に押したものは、ほとんど戻らない。理由は先に書いた原理そのものだ。水分を含んで柔軟になった繊維が圧縮され、その状態のまま乾燥して再び固定される。形が変わったのではなく、変わった形で固まり直している。作り手として自社製品を十年以上使ってきた実感でも、押した深さはほぼそのまま保たれている。
戻りやすいのは、可塑性が働いていない場合である。
一つは、乾いた状態のままプレス機で押したもの。繊維を一時的に潰しているだけなので、復元しようとする力が残る。もう一つは、クロム鞣しの革に施したものだ。クロム鞣しは水分で可塑性が出ないため、熱と圧力で押すことになる。強く入るように見えても、定着の仕方が違う。
つまり、戻るかどうかは型押しという技法の性質ではない。革の可塑性を使ったかどうかで決まる。
同じ「型押し」という言葉で呼ばれていても、水を使ってタンニン鞣しに押したものと、熱でクロム鞣しに押したものは、別の現象と言っていい。前に茶芯について書いたときと同じ構造がここにもある。呼び名が一つで、起きていることが複数ある。
刻むための図案
型押しを前提にすると、図案の作り方も変わってくる。
押した結果として残るのは、凹凸と、そこに落ちる影だけである。色は使えない。線の太さと、面の配分と、深さの差だけで表現することになる。
これは、紋章や家紋が置かれていた条件と同じだ。封蝋に押され、墓石に彫られ、指輪の印面に刻まれた図案は、色を失っても成立する必要があった。だからこそ輪郭が単純化され、白と黒の面の配分で意味を伝える形に磨かれていった。
細かすぎる線は、押しても出ない。潰れるか、革の繊維に紛れて見えなくなる。逆に、単純な形ほど正確に出る。
型押しに向く図案とは、結局のところ、何百年も前から刻まれ続けてきた図案と同じ条件を満たすものである。技法が古いのではなく、条件が変わっていない。
押すという行為
削るのではなく、押す。取り除くのではなく、詰める。
型押しという技法の性質は、この一点に尽きる。素材は失われず、ただ密度が変わる。そして水分と乾燥という状態変化が、その形を定着させる。
同じ原理が、防具を硬くし、靴を足に合わせ、そして文様を刻んできた。革が数千年にわたって使われ続けてきた背景には、この一つの性質が繰り返し応用されてきたという事実がある。
押された跡は、その革が何を受け止めたかという記録でもある。水を含み、圧を受け、乾いて固まる。その一連の過程を経て残った形が、そこにある。
◆【関連する記録】
(同じ性質が防具の硬化にどう使われたかについて)
(刻まれることを前提とした図案の条件について)
(鞣し方によって性質がどう変わるかについて)
StrangeArtifactでは、こうした歴史や意匠をもとに、革製品をひとつひとつ手作りしています。 商品はこちらからご覧いただけます。
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著者:ツダイサオ(Tsuda Isao) 革で架空の遺物を再現するレザーアクセサリーブランド「StrangeArtifact」主宰。衣装・空間・3Dと領域を横断して世界観をかたちにするデザイナーであり、一般社団法人 日本スチームパンク協会の理事も務める。h.NAOTOやSheglitとのコラボレーション、各種メディアへの衣装提供など実績多数。


