甲冑の歴史【金属と革】
- 2 日前
- 読了時間: 6分

鎧という言葉から連想されるのは、たいてい金属だろう。全身を鋼板で覆った西洋の甲冑か、日本の武将が着ている黒漆の鎧か。いずれにしても、硬く光る金属の印象が強い。
しかし実際には、どちらの甲冑にも大量の革が使われている。それも、紐や裏地といった補助的な部分だけではない。防具の本体そのものが革で作られていた例は、東西を問わず珍しくない。
革は柔らかい素材だと思われている。しかし条件を整えれば、刃を止める程度には硬くなる。
革が硬くなるという性質
前提として押さえておきたいのが、革の可塑性である。
革は水分を含ませると柔らかくなり、その状態で形を変え、乾かすとその形のまま固まる。革靴が木型に沿って成形されるのも、履き込むうちに足に馴染むのも、この性質による。
そして、この過程を強く進めると、革は単に形が定まるだけでなく、硬化する。繊維の間の水分が失われ、コラーゲン繊維が密に詰まった状態になるためだ。適切に処理された革は、板のような硬さを持つようになる。
つまり防具としての革は、特別な素材を使っているわけではない。ごく普通の革を、硬くなる方向に振り切って加工したものである。同じ素材が、仕立て方ひとつで柔らかくも硬くもなる。
キュイ・ブイイ【煮たとは限らない】
中世から近世のヨーロッパで用いられた硬化革は、フランス語でキュイ・ブイイ(cuir bouilli)と呼ばれる。直訳すれば「煮た革」で、日本語では煮革、成形革、硬化革などと訳される。
用途は防具に限らない。天文観測に使うアストロラーベの携帯ケース、カトラリーのセット入れ、書物や筆記具の容器など、頑丈な入れ物の素材として広く使われた。中には司教のために作られたと分かる紋章入りの書物ケースも現存している。柔らかいうちに型に押し当てて成形と装飾を同時に行えるため、こうした用途に向いていた。
防具としては、板金鎧よりはるかに安価で軽量だった。ただし刃の直撃や銃弾を止めることはできない。射手など機動性が要る兵種や、自衛のために装備を揃える民衆にとって、現実的な選択肢だったということだ。
ここで注意しておきたいのが、名前についてである。「煮た革」という語感から、革を熱湯で煮て作ると理解されがちだが、多くの研究者は、実際の煮沸は工程に含まれていなかったと考えている。工程の中心にあるのは、冷水あるいは温水に浸すことのほうだ。現在の考古学的な検討では、鞣した革を半乾きの状態にして硬化させる方法が、防御力と寿命の両立という点で妥当とされている。
蜜蝋やオイルを塗る仕上げも行われた。防水と防腐が目的で、硬度の補強にもなる。溶かした蝋を革に染み込ませて強度を上げる方法もあったと伝えられている。
再現を試みた研究者たちの間でも、製法は一つに定まっていない。歴史資料には複数の異なるレシピが残っており、互いに一致しない。用途ごとに作り分けられていたためだろうと考えられている。
日本の甲冑と練革
日本の甲冑にも、硬化させた革が使われている。
練革(ねりかわ)と呼ばれるもので、牛の皮を火であぶるか、膠を溶かした水に浸してから打ち固めて作る。江戸時代の随筆に記述が残っており、鎧の札(さね)や太刀の鐔(つば)に用いられた。
日本の甲冑の基本単位である小札(こざね)は、5センチから7センチほどの小さな板を、革紐で横に連ね、組紐で上下に繋いで仕立てる。この小札の素材は鉄だけではなく、革のものも一般的だった。そして表面には黒漆や朱漆が何層も塗られる。補強と防錆、そして装飾を兼ねた処理である。
本小札で作られた鎧では、二千枚以上の小札が使われていることも珍しくない。その一枚一枚が革または鉄で、漆をまとっている。
現存例としては、田沼家に伝来した練革空小札白糸威大鎧が知られる。鎌倉時代の大鎧を忠実に再現した江戸時代の作で、重要文化資料に指定されている。
革の小札に漆を重ねるという発想は、キュイ・ブイイとは異なる硬化のアプローチだ。革そのものを硬くするのではなく、硬い被膜で包む。同じ課題に対して、東西で別の解が出ている。
金属と革を組み合わせる
革の防具と金属の防具は、対立するものではなかった。実際には、組み合わせて使われることのほうが多い。
革の表面に金属の鋲を打ったものは、スタッド・レザーアーマーなどと呼ばれる。鋲によって刃が滑り、革に食い込みにくくなる効果がある。金属板を革や布の内側に仕込んだブリガンダインも、同じ発想の延長にある。
日本の甲冑でも、鉄の小札と革の小札を混ぜて使うことがあった。防御が必要な箇所には鉄を、重量を抑えたい箇所には革を配する。全身を同じ素材で覆う必要はない。
そもそも、板金鎧を身につけるにも革は不可欠だった。金属板同士を繋ぎ、体に固定するベルトや紐は革製である。金属だけでは、鎧は組み立てられない。
消えたあとに残ったもの
火器の普及によって、防具としての革の役割は終わる。硬化革は銃弾を止められない。やがて金属の鎧も同じ理由で戦場から消えていった。
ただし、意匠としては残った。
革のベルトに金属の鋲を打つという構成は、防具の実用性を離れた後も、装身具や衣服の中で使われ続けている。鋲を打った革のジャケットや、金属パーツを組み込んだレザーアクセサリーの視覚的な源流は、この組み合わせにある。
そして興味深いのは、この組み合わせが単なる装飾として生まれたものではないという点だ。硬い金属と、しなやかで面を作れる革。それぞれの得意な役割を割り当てた結果として、あの形になっている。数百年かけて実用の中で磨かれた構成が、用途を失ったあとも視覚的な説得力を保っているのは、そのためだろう。
革は柔らかく、金属は硬い。だから組み合わせる。この単純な理屈が、鎧の時代から変わらずに続いている。
◆【関連する記録】
(革に打たれた鋲が、防具から記号へ変わっていく過程)
(革の可塑性が、どこから来ているのかについて)
(防具ではなくなった革が、衣服として意味を持つまで)
StrangeArtifactでは、こうした歴史や意匠をもとに、革製品をひとつひとつ手作りしています。 商品はこちらからご覧いただけます。
新作や制作の様子は、Instagramでも発信しています。よろしければご覧ください。

著者:ツダイサオ(Tsuda Isao) 革で架空の遺物を再現するレザーアクセサリーブランド「StrangeArtifact」主宰。衣装・空間・3Dと領域を横断して世界観をかたちにするデザイナーであり、一般社団法人 日本スチームパンク協会の理事も務める。h.NAOTOやSheglitとのコラボレーション、各種メディアへの衣装提供など実績多数。


