ハリー・ポッターの魔法具と象徴【実在の魔術から見る】
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ハリー・ポッターの世界に登場する魔法具や生き物の多くは、作者が一から発明したものではない。錬金術、中世の博物誌、ヨーロッパの民間伝承。実在する魔術文化の中から、すでにあるものが選び取られている。
そして興味深いのは、その選び方だ。単に名前を借りているのではなく、元の伝承が持っていた性質を残したまま物語に組み込まれている場合が多い。
ここでは、いくつかの要素について、実在の側の背景をたどってみる。
ニコラス・フラメル【実在の人物と、死後に育った伝説】
シリーズ第一作に名前が出てくるニコラス・フラメル(ニコラ・フラメル)は、実在した人物である。
1330年頃に生まれ、1418年に没した。職業は錬金術師ではなく、写字生であり書物の販売人だった。パリ大学公認の写本業者として働き、妻ペレネルと結婚し、財産を教会や病院への寄進に充てたことが記録に残っている。パリには今も夫妻の名を冠した通りがある。
錬金術師フラメルの伝説が現れるのは、彼の死からかなり後、17世紀に入ってからのことだ。夢のお告げによって『アブラハムの書』という秘法書を手に入れ、21年をかけて解読し、賢者の石の製造に成功して不老不死を得た、という物語である。
この伝説には、早くから疑義が向けられていた。1761年、サン・ジャック・ド・ラ・ブーシュリ教会のヴィラン修道士が批判的な評伝を出版し、フラメルの名を冠した錬金術書『象形寓意図の書』の記述が、実在のフラメルの筆跡や時代の特徴と合わないことを指摘している。
その後の研究でも、これらの錬金術書は17世紀以降に作られた偽書だという説が提起され、近年では、実在した出版業者フラメルが錬金術に関わっていたという証拠はない、という見解が広く受け入れられている。
つまりフラメルは、実在の人物の上に、後世の人々が不老不死の願いを重ねて作り上げた存在ということになる。物語に取り込まれたのは、史実のフラメルではなく、すでに数百年かけて育っていた伝説のほうだった。
賢者の石【何を変えるための石だったのか】
賢者の石は、錬金術の中心にある概念である。卑金属を黄金に変え、飲めば不老不死をもたらすとされた。
ただし、錬金術を金儲けの技術としてのみ理解すると、その歴史を見誤ることになる。錬金術の文献では、金属の変成は同時に人間の精神的完成の比喩でもあった。不完全なものを完全なものへ変えるという操作が、物質と魂の両方に適用される。賢者の石が象徴していたのは、この「よりよい状態への変化」そのものである。
そう考えると、この石をめぐる物語が最終的に、不死を手放すという選択に着地するのは、錬金術の思想からそれほど遠くない。完成とは何か、変化の果てに何を選ぶのかという問いは、もともとこの概念に含まれていた。
マンドレイク【叫ぶ根の伝承】
魔法薬の材料として登場するマンドレイクは、実在する植物である。ナス科マンドラゴラ属の多年草で、地中海地域から中国西部にかけて自生する。
この植物が特異なのは、根が人間の形に似ることがある点だ。太い根が二股に分かれ、手足のように見える個体が実際に存在する。加えて全草に強い神経毒を含み、幻覚や幻聴を引き起こす。
この二つの性質が結びついて、中世には膨大な伝承が生まれた。引き抜かれるとき恐ろしい悲鳴を上げ、それを聞いた者は死ぬ、あるいは発狂する。だから採取するには、根に紐を結び、もう一端を犬に括りつけ、自分は耳を塞いで遠くから犬を呼ぶ。犬は死ぬが、根は手に入る。
古代ローマの大プリニウスは『博物誌』でこの植物を紹介しており、シェイクスピアも『ロミオとジュリエット』の中で、大地から引き抜かれるマンドレイクの叫び声に言及している。
一方で、実用面での記録も残っている。ディオスコリデスは、手術や焼灼止血の前に、ワインで煮出したマンドラゴラの成分を患者に飲ませることがあると記した。プリニウスも、切開や穿刺の際に痛みを鈍らせるために用いると書いている。麻酔薬としての用途である。
つまりマンドレイクは、恐ろしい伝承の対象であると同時に、実際に人を眠らせ痛みを消す薬草だった。伝説と薬効が、同じ毒性から生まれている。
名前と言葉【呪文がラテン語である理由】
作中の呪文の多くは、ラテン語やその派生語をもとにしている。光を意味する語、召喚を意味する語といったように、単語そのものが効果を示している場合が多い。
これも、ヨーロッパの魔術文化の実際に沿っている。中世から近世の魔術書は、ラテン語やヘブライ語で書かれるのが通例だった。日常語ではない言語を使うこと自体が、その言葉を特別なものにする。教会の典礼がラテン語で行われていたことも、この感覚を支えていた。
言葉には力があり、正しい言葉を正しく発音することで作用する。この発想は、護符に刻まれた文字や、印章に彫られた銘にも共通している。読めない言語で書かれているからこそ効く、という逆説がそこにある。
なぜ既存の伝承を使うと効くのか
こうして見ていくと、この作品が実在の伝承をかなり忠実に取り込んでいることが分かる。名前だけ借りて中身を入れ替えるのではなく、元の伝承が持っていた論理をそのまま残している場合が多い。
これには理由があると思われる。伝承は、長い時間をかけて多くの人の手を通ってきたものだ。細部が磨かれ、辻褄が合うように調整され、記憶されやすい形に落ち着いている。一から作った設定が、その厚みに追いつくのは難しい。
そしてもうひとつ、読者の側に働く効果がある。知らない読者にとっては単なる物語の一部として通り過ぎるが、元の伝承を知っている読者には、別の層が見える。フラメルという名前に反応できる人には、その名を選んだ意味まで届く。どちらの読者も置き去りにしない構造になっている。
魔法の道具や生き物は、作られたものではなく、見つけられたものとして描かれるほうが強い。実在の伝承を下敷きにするという手法は、その感覚を最も確実に作る方法なのだろう。
◆【関連する記録】
(賢者の石が本来何を意味していたのかについて)
(文字や言葉が物に力を与えるという発想の系譜)
(魔術書がどのような言語で書かれてきたかについて)
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著者:ツダイサオ(Tsuda Isao) 革で架空の遺物を再現するレザーアクセサリーブランド「StrangeArtifact」主宰。衣装・空間・3Dと領域を横断して世界観をかたちにするデザイナーであり、一般社団法人 日本スチームパンク協会の理事も務める。h.NAOTOやSheglitとのコラボレーション、各種メディアへの衣装提供など実績多数。


