召喚魔術の歴史【ソロモン王の伝説】
- 8月6日
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知恵の王が、悪魔を従えた
古代イスラエルの第三代の王、ソロモン。旧約聖書に描かれる彼は、神から知恵を授かった賢王であり、壮麗な神殿を築いた偉大な統治者だ。
しかし中世ヨーロッパにおいて、ソロモンにはもうひとつの顔が与えられていた。魔法の指輪を用いて72人の悪魔を使役し、神殿の建設に従事させたという、魔術師としての顔だ。この伝説は、その後の西洋魔術のあり方を大きく方向づけることになる。
ここでは、ソロモン王をめぐる伝説と、そこから生まれた召喚魔術の歴史を辿っていく。
聖書には、書かれていない
まず押さえておきたいのは、ソロモン王が悪魔を使役したという話は、旧約聖書の正典には一切書かれていないという事実だ。
この伝説は、ヘレニズム期のユダヤ人の間で口承として広まったものだとされる。「英知をもって悪霊を支配した王」というイメージが、いつしか人々の間で語られるようになった。そして、その後およそ千年にわたって、ソロモンに由来すると称する魔術文献が、ヘブライ語やギリシャ語、アラビア語で次々と書かれていくことになる。研究者はこれらを「偽ソロモン文書」と呼んでいる。
権威ある名前を借りて、自らの著作に正統性を与える。この手法は、タロットが古代エジプト起源を騙ったのと同じ構図だ。(タロットの神秘主義化については「タロットの歴史」で扱っている。)魔術書の世界では、こうした権威の借用が繰り返されてきた。
『レメゲトン』【五部構成の魔術書】
中世盛期の後半になると、魔術師が悪霊を呼び出す術を記した、それまでとは性質の異なる偽ソロモン文書が、ヨーロッパで作られるようになる。この流れを汲んで成立したのが、17世紀の魔術書『レメゲトン(ソロモンの小さな鍵)』だ。
『レメゲトン』は五部構成になっており、それぞれが異なる霊的存在を扱っている。第一部が悪霊を扱う「ゴエティア」、第二部が善悪双方の精霊を扱う「テウルギア・ゴエティア」、そして惑星や黄道十二宮に宿る善なる精霊を扱う部などが続く。
ルネサンス期の魔術思想家アグリッパは、儀式魔術には「ゴエティア(不浄の霊との交渉による業)」と「テウルギア(善天使に導かれた業)」の二部門があると論じた。悪霊を呼ぶか、天使を呼ぶか。召喚魔術は、この二つの方向性を持つ体系として整理されていたのだ。(天使の階級については「天使の階級」で詳しく扱っている。)
72柱の悪魔と、その印章
『レメゲトン』第一部「ゴエティア」の内容は、ソロモン王が使役したとされる72人の悪魔を呼び出し、様々な願望を叶えるための手順書だ。
そこには、召喚に必要な魔法円のデザイン、悪魔それぞれに固有の印章(シジル)の制作法、そして唱えるべき呪文が細かく記されている。72人の悪魔には、それぞれ地獄における爵位が与えられ、率いる軍団の規模まで個別に定められている。序列第一位のバアルは「東の王」とされ、その原型は古代オリエントで信仰されていた嵐の神だと考えられている。
興味深いのは、この72人の悪魔のリストが、完全なオリジナルではないという点だ。72人のうち68人は、ヨーハン・ヴァイヤーが1577年に著した『悪魔の偽王国』に記述されている悪魔と共通している。魔術書は、先行する文献から借用と改変を重ねながら、少しずつ体系を作り上げていったのだ。
各悪魔に固有の印章を割り当てるという発想は、印章という技術が魔術の中でどう機能していたかを、よく示している。(シジルの歴史については「印章の歴史」で扱っている。)図形が、特定の存在を呼び出すための「鍵」として機能する。この発想が、召喚魔術の中核にあった。
手順という思想
召喚魔術の文献を読んで印象的なのは、その徹底した手順主義だ。
いつ行うか(惑星の支配する曜日と時間)、何を用いるか(対応する金属、羊皮紙、香)、どう描くか(魔法円と印章の正確な図形)、何を唱えるか(決められた呪文)。すべてが厳密に定められている。(惑星と金属の対応については「錫と魔術」で扱っている。)
これは、魔術が単なる祈願ではなく、宇宙の法則を操作しようとする技術として捉えられていたことを示している。正しい手順を踏めば、正しい結果が得られる。この発想は、後の近代科学の実験主義とも、どこかで通じるものがある。
名を知り、印を持つということ
召喚魔術の核心にあるのは、「名前と印を知る者が、その存在を支配できる」という考え方だ。
72の悪魔それぞれに、固有の名と印章が与えられている。名を知り、印を正しく描けば、その存在を呼び出し、従わせることができる。逆に言えば、名も印も知らない存在は、扱うことができない。
意味を刻んだ図形が、力を持つ。この発想は、印章にも、護符にも、ルーン文字にも共通する、古い時代の世界観そのものだ。
◆【関連する記録】
(ゴエティアに記された悪魔の印章を含む、シジルの歴史)
(『ソロモンの大いなる鍵』に記された、金属と護符の対応体系)
(悪魔と対をなす、天使という霊的存在の秩序)
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著者:ツダイサオ(Tsuda Isao) 革で架空の遺物を再現するレザーアクセサリーブランド「StrangeArtifact」主宰。衣装・空間・3Dと領域を横断して世界観をかたちにするデザイナーであり、一般社団法人 日本スチームパンク協会の理事も務める。h.NAOTOやSheglitとのコラボレーション、各種メディアへの衣装提供など実績多数。


