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ベルセルクの世界観と意匠【中世の図像をどう使ったか】

8月30日
読了時間: 8分
暗い茶色の画面に、角のある黒い牛のような人物と、黒衣や白いベールの人々が密集して座る不穏な群像画。

『ベルセルク』の画面を特徴づけているのは、物語の激しさだけではない。甲冑の構造、武具の質感、建築の細部、異形の造形。実在する中世ヨーロッパの図像が、かなりの密度で持ち込まれている。


ここでは物語の評価や展開ではなく、意匠の側だけを見ていく。何が参照され、それがどう機能しているかという話である。



作品の位置

『ベルセルク』は、三浦建太郎が1989年に『月刊アニマルハウス』で連載を開始し、のちに『ヤングアニマル』へ移籍したダークファンタジーである。単行本は累計5500万部を超え、アメリカやフランスなど20の国と地域で刊行されている。2002年には第6回手塚治虫文化賞でマンガ優秀賞を受賞した。


作者の三浦建太郎は2021年5月、急性大動脈解離のため54歳で逝去した。最後にペン入れをした第364話が同年9月に掲載され、その回までを収めた単行本41巻が年末に発売されている。


その後、三浦から完結までのストーリーを聞かされていた漫画家の森恒二の監修のもと、三浦の弟子が所属するスタジオ我画が作画を担当する形で、2022年6月24日発売の『ヤングアニマル』13号から連載が再開された。再開にあたり、三浦が描いた構想メモとキャラクターデザインが見つかったことも公表されている。



甲冑の構造【動く前提で描かれている】

この作品の甲冑描写でまず目を引くのは、板の分割である。


実在する中世末期の板金鎧は、一枚板で体を覆っているわけではない。肘や膝、肩、手首といった関節部分は、細い板を何枚も重ねて連結し、動きに追従できるようにしてある。腹部も同様で、横長の板を段状に重ねることで前屈に対応する。この構造が描き込まれているかどうかで、甲冑の説得力は大きく変わる。


『ベルセルク』の甲冑は、この分割が明確に描かれている。しかも、動作に応じて板の重なりがずれる。腕を上げれば肩の板が開き、屈めば腹部の段が詰まる。静止画の集合である漫画において、この描写は本来必要のない手間だ。それでも描かれているのは、甲冑が動く道具であるという理解が前提にあるからだろう。


板金鎧が単独で成立しないという点も、しばしば描かれている。板と板を繋ぐのは革のベルトであり、金属だけでは鎧は組み立てられない。この部分まで描かれることは、そう多くない。



甲冑師から聞いた話【ソードベルトの流行】

日本には、西洋甲冑を実際に製作している人がいる。三浦權利氏である。1935年愛知県生まれの西洋甲冑製作家、西洋武具考証家で、著書『図説西洋甲冑武器事典』(柏書房)は、ヨーロッパ各国の博物館から収集した甲冑・武具の写真や分解図を含む図版460点と、2400語におよぶ用語集・索引を収めた事典である。日本語で西洋甲冑を学ぶ際、今もほぼ唯一の水準にある一冊と言っていい。


そしてこの本の帯には、三浦建太郎が推薦文を寄せている。『ベルセルク』の甲冑描写の背景に、こうした研究の蓄積があることが窺える。


筆者も以前、三浦權利氏のアトリエを訪ねたことがある。そこで伺った話の中で印象に残っているのが、ソードベルトの長さについてだった。


甲冑の腰に巻き、剣を吊るすためのベルトである。実用面だけを考えれば、剣が扱いやすい位置に来る長さがあればいい。ところが実際には、この長さに流行があったという。ある時期には、長ければ長いほど良いとされ、垂れ下がっている状態が格好良いとされていた。


これは、甲冑を純粋な実用品として見ていると出てこない話だ。防具にも流行があり、機能ではなく見た目の良さで形が決まる部分があった。命がかかる装備でさえ、そうなる。


そして、これは遠い時代の奇習ではない。同じことが現代でも起きている。


ガチャベルトと呼ばれるベルトがある。俗称であり、正式名称はGIベルト。アメリカ陸軍由来のミリタリー発祥で、布製で穴がなく、金属のバーを帯に押し付けて固定する構造を持つ。穴がないぶん締め具合を細かく調整できるという、実用本位の設計である。


このベルトが90年代のストリートブームで流行した際、余った部分を腰から垂らす着け方が広まった。長さは120センチから150センチほどのものが多く、締めたあとにかなりの長さが残る。その余りを切らずに垂らしておくことが、装いのアクセントとされた。


そして2017年前後に再び流行し、その後もたびたび人気が再燃している。余った部分を大きく垂らすという着け方も、そのまま繰り返されている。


実用の観点から言えば、垂れたベルトに意味はない。むしろ引っかかるので邪魔になる。長さを合わせて切ってしまえばいいものを、あえて残す。中世から近世の甲冑で起きていたことと、ほとんど同じである。五百年の隔たりを挟んで、同じ判断が繰り返されている。


考えてみれば当然のことでもある。甲冑は身につけるものであり、人前に出るものだ。戦場は同時に、誰がどれだけの装備を持っているかが見える場所でもあった。実用と誇示は、もともと分けられていない。


『ベルセルク』の甲冑や武具が、機能的な説得力を持ちながら過剰でもあるのは、この性質を捉えているからかもしれない。実在の甲冑もまた、機能だけで形が決まっていたわけではなかった。



質感の描き分け

甲冑以外の装備にも、素材ごとの描き分けがある。


金属は硬く、光を鋭く返し、傷が線として残る。革は面としてまとまり、曲がるときに皺が寄り、擦れた部分の色が変わる。布は柔らかく垂れ、繊維の方向が見える。同じ黒い装備でも、素材が違えば描線の性質が変わる。


特に革の描写には、使用による変化が反映されている。新しい革と、長く使われた革では表情が違う。折れ曲がる箇所には皺が定着し、角は擦れて色が浅くなる。装備が経てきた時間が、質感として画面に残っている。


これは細部の作り込みという以上に、世界の年齢を示す手法だと思われる。登場する道具が使い込まれていれば、その世界が以前から続いていたことになる。真新しい装備ばかりの世界は、その場で作られたように見える。



ゴシックの図像

建築や内装の描写には、ゴシック様式の要素が繰り返し現れる。


尖頭アーチ、リブ・ヴォールト、薔薇窓。高く伸び上がる垂直線と、そこに射し込む光。これらは中世の教会建築を特徴づける要素であり、本来は神の栄光を地上に示すために作られたものだ。


この作品では、その様式が別の目的で使われる場面がある。神聖であるはずの空間で暴力が行われ、祈りの場所が拷問の場所になる。様式そのものは正しく描かれているのに、そこで起きていることが本来の意味と反転している。


これは、ゴシックという言葉が近代以降にたどった経路とも重なる。もともと建築様式を指していた語が、18世紀以降の小説を経て、恐怖や退廃を含む美学の名前になった。廃墟となった修道院、暗い回廊、神の不在。『ベルセルク』の空間描写は、この系譜の延長にある。



異形の造形

登場する異形の姿には、中世末期から近世初頭のヨーロッパ絵画に見られる怪物表現との共通点が指摘されることがある。


人体の部分が組み合わさり、動物と融合し、機能を持たない器官が生えている。個々の部位は見慣れたものなのに、組み合わせが破綻している。全体として、何であるかを言い当てられない。


こうした造形は、想像上の生物を一から作るのとは方向が違う。既知の要素を切り離し、別の順序で繋ぎ直すという操作である。だから見る側は、それが何でできているかは分かるのに、何であるかが分からない。この居心地の悪さが、単に恐ろしい生物を描くこととの違いになっている。


ただし、作者が特定の画家を参照したと明言しているかどうかは確認できていない。ここは図像の類似についての私見として書いている。



後続への影響

この作品の意匠は、後の作品にも影響を与えている。


『ダークソウル』『エルデンリング』のディレクターである宮崎英高は、影響を受けた作品として『ベルセルク』を挙げている。実際、重量のある大剣、動作の重さ、装備の質感、そして神聖な場所が荒廃しているという構図は、両者に共通している。


もっとも、共通しているのは表面的な意匠だけではない。世界がすでに終わりかけているという時間設定、そこで戦い続ける個人という構図。物語の骨格の部分でも重なる点が多い。



意匠が支えるもの

こうして見ていくと、この作品の画面は、装飾として細部を描いているのではないことが分かる。


甲冑の板の分割は、それが動く道具だという前提から出てくる。革の皺は、それが使われてきた時間から出てくる。建築の様式は、その空間が何のために作られたかを示す。どれも、そこにある理由から形が決まっている。


架空の世界に説得力を持たせる方法として、これは確実な部類だと思われる。存在しないものを描くとき、参照できる現実の細部が多いほど、嘘は見えにくくなる。逆に、細部が曖昧な世界は、どれだけ壮大でも軽くなる。


実在の図像を正確に描いたうえで、その意味を反転させる。『ベルセルク』の画面が強いのは、正確さと逸脱の両方を持っているからだろう。



◆【関連する記録】


(板金鎧の構造と、革がどう使われていたかについて)


(影響を公言している作品の、神話的背景について)


(建築様式が美学の名前になるまでの経緯)



StrangeArtifactでは、こうした歴史や意匠をもとに、革製品をひとつひとつ手作りしています。 商品はこちらからご覧いただけます。




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ストレンジアーティファクト主宰ツダイサオの近影写真、シルクハットをかぶりメガネをかけている。

著者:ツダイサオ(Tsuda Isao) 革で架空の遺物を再現するレザーアクセサリーブランド「StrangeArtifact」主宰。衣装・空間・3Dと領域を横断して世界観をかたちにするデザイナーであり、一般社団法人 日本スチームパンク協会の理事も務める。h.NAOTOやSheglitとのコラボレーション、各種メディアへの衣装提供など実績多数。





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