ヴィクトリアン・モーニングジュエリー【喪の装身具】
- 7月2日
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喪に服すことを、身につける
現代の感覚では、喪に服すとは「装飾を控えること」を意味する。しかし19世紀のイギリス、ヴィクトリア朝時代では、まったく逆の発想があった。哀悼の意を、宝飾品というかたちで積極的に表現する文化が花開いていたのだ。
これが「モーニングジュエリー」だ。近親者の死を悼むために身につける、喪の装身具の総称である。一人の女性の深い悲しみが、ひとつの社会全体の装いの規範を変えてしまった、その稀有な歴史を見ていく。
ヴィクトリア女王の40年
モーニングジュエリーの歴史を語るうえで、ヴィクトリア女王(1819〜1901)の存在は欠かせない。
1861年12月14日、女王の夫アルバート公が腸チフスにより42歳で急逝した。これが、英国全土のモーニングジュエリー文化を決定的なものに変えた。女王はアルバート公の死後、実に40年にわたって喪服を着続け、常にジェットで作られた黒いジュエリーと、夫の毛髪を使った装身具を身につけたという。
世界でもっとも権威ある女性が、公の場で哀悼の装いを生涯にわたって貫いた。その姿は英国社会全体に、「喪の作法」として強烈な影響を与えた。国民もまた女王に倣い、喪に服す際にはジェットをはじめとする黒い装身具を身につけるようになっていった。
ジェット【黒い宝石】
モーニングジュエリーの代名詞となったのが「ジェット」だ。
ジェットは、古代の樹木が川底などに堆積し、化石化して生まれた漆黒の有機物質だ。その起源は石器時代までさかのぼり、紀元前1万年頃から装飾品として使われていた記録が残っている、人類最古の宝石のひとつとされる。古代ローマ時代には、イギリスの先住民ケルト人からローマ人へと伝わり、「黒い琥珀」として珍重された。
イギリス北東部の港町ウィットビーは、良質なジェットの産地として知られ、ヴィクトリア朝時代にはこの地のジェット産業が最盛期を迎えた。軽く、加工しやすく、それでいて深く艶やかな黒を放つジェットは、哀悼の意を示す装身具として、これ以上ないほどふさわしい素材だったのだ。
街のショーウィンドーがジェットの黒一色に埋め尽くされたとも言われるほど、その流行は社会全体を覆った。ネックレス、ブローチを中心に、ペンダント、イヤリング、ブレスレットなど、さまざまな形のモーニングジュエリーが作られた。
涙と髪【他の素材たち】
モーニングジュエリーに使われた素材は、ジェットだけではなかった。
オニキス、濃い色のべっ甲、黒いエナメル、ボグオーク(沼地で長期間炭化した木材)、深い赤のガーネット。これらすべてが、喪という重い意味を担う装身具に使われた。アメジストも、悲しみと精神的な喪失を象徴する石として選ばれることがあったという。涙を表すとされる小粒の真珠(シードパール)が、これらの石と組み合わされることもあった。
さらに特徴的なのが「ヘアジュエリー」だ。亡くなった人の髪を編み込み、ブローチや指輪、ペンダントの中に細工として封じ込める。髪は時が経過しても劣化しにくく、数百年単位での耐久性を持つ。
この性質から、髪は故人の存在をもっとも直接的に残し続けられる素材として、メモリアルジュエリーやモーニングジュエリーの中心的な要素になった。亡くなった人の一部を、文字通り身につけて持ち歩く。それほどまでに、哀悼という行為は身体的で、切実なものだったのだ。
社会のルールとしての喪服
モーニングジュエリーは、単なる個人の感情表現にとどまらず、ヴィクトリア朝社会の規範そのものを形作っていった。
喪に服す期間の長さ、その間に着用してよい色や素材には、社会的なルールが存在した。喪の段階に応じた着用ルールがあり、これから逸脱することは批判の対象にもなったという。
喪に服す人以外も、葬儀の場では黒いジュエリーを着用することが求められるようになった。一人の女性の深い悲しみが、やがて国全体の振る舞いの規範になっていったのだ。
このモーニングリングの多くは、亡くなった人やその相続人から、会葬者への贈り物として用意された。死は、新しい装身具が生まれ、贈られる機会でもあった。
黒が、語るもの
20世紀に入り、世界大戦による大量の死が、モーニングジュエリーという文化を徐々に終わらせていった。喪服にふさわしい装身具を、その都度新調するには負担が大きすぎたのだ。
しかし、黒い宝石に哀悼の意を込めるという発想そのものは、今も生き続けている。漆黒の輝きは、悲しみを覆い隠すのではなく、悲しみとともに在ることを許してくれる。
死を悼むという、人間にとってもっとも深い感情のひとつが、装身具という小さな形に結晶していた時代があった。
◆【関連する記録】
・メメント・モリ【死を想え、の美学】(死を見つめることで生を輝かせる、モーニングジュエリーと同じ根を持つ思想)
・ゴシックとは何か【建築から美学まで】(黒と死のイメージを纏う、もうひとつの美学の系譜)
喪に服す者の漆黒の装身具に、込められた想いがある。架空の世界から届いた装身具を。
StrangeArtifactでは、こうした歴史から生まれた遺物を、日々ひとつひとつかたちにしています。 新しい遺物や、世界観の断片は、Instagramで。

著者:ツダイサオ(Tsuda Isao) 革で架空の遺物を再現するレザーアクセサリーブランド「StrangeArtifact」主宰。衣装・空間・3Dと領域を横断して世界観をかたちにするデザイナーであり、一般社団法人 日本スチームパンク協会の理事も務める。h.NAOTOやSheglitとのコラボレーション、各種メディアへの衣装提供など実績多数。


